2021年1月17日日曜日

J.P.モルガン・ヘルスケア・カンファレンスでCFOが登壇しました

みなさんこんにちは。
IR&コーポレートストラテジー部長の野村です。

 

年末にリリースの通り、先週の11日~14日(米国東部時間)に第39J.P.モルガン・ヘルスケア・カンファレンスが開催され、当社もCFOのクリス・カーギル、CSOのマイルス・コングレブが14日にプレゼン発表しました(資料動画はこちらをご参照下さい)。このカンファレンスはヘルスケア業界で最大の会議の一つで、普段は世界中から製薬・バイオ企業の社長や役員、投資家など大勢が集まるためホテルが取れず、業界では、参加した時に1年後のホテルも予約しないと部屋が無くなると言われるほどです。尚、今年は勿論バーチャルでした。

 

参加者は多くの場合、自社や他社のプレゼン発表のために行くのではなく、他の製薬・バイオ企業とのライセンス交渉(Business Development/以下「BD」)や、企業と投資家との個別のミーティングを目的に参加しています。我々も今回、60件弱のBDのミーティング、10件弱の投資家とのミーティングを行いました。さすがにBDミーティングの内容は書けずに恐縮ですが、投資家とのミーティングでの主なQ&Aや、上記の動画にあるプレゼン発表のQ&Aをまとめて以下に整理します。かなり細かい内容も含まれますが、もしもご興味があればご参考下さい。

 

今後とも、どうぞよろしくお願いします!

 

-------------------------------------------------------------------------------(以下、カンファレンスでの主なQ&Aの概要)-------------------------------------------------------------------------------

QGPCRに対する創薬でのStaR技術の位置づけと、競合企業についてどう考えていますか?
A:以前には複数の競合がいましたが、結果として現在は我々が優位になりました

実際に大手企業がGPCRの構造を解明してSBDDで医薬品を設計しようとした場合、多くの場合は我々とパートナーを組みます。それが近年、我々の創薬提携(ファイザー、武田、ジェネンテック、アッヴィ)が増えている理由です。

 

Q:今後どのくらいの期間、StaR技術の優位性が続くと考えていますか?
A:現在のところ、StaR技術の優位性を脅かしそうなものは登場してきていません

StaR技術で使われているX線結晶構造解析に代わる可能性があるものとして、ここ数年でクライオ電子顕微鏡が出てきました。ただ、SBDDで医薬品を設計しようとした場合、特に創薬が困難なターゲットでは医薬品の結合部分(binding site)の構造を高解像度で得る必要があり、これには解像度の高いX線結晶構造解析が必要になります。勿論、今後3-5年でクライオ電子顕微鏡がどの程度進歩するかには注目しており、我々自身もクライオ電子顕微鏡を使っています。また、直近のCaptor社(TPD)やPharmEnable社(AI創薬)の例の通り、クライオ電子顕微鏡に限らず今後有用になりうる技術については、引き続き取り込んでいきます。

 

Q:直近で開始した戦略的提携(Captor社やPharmEnable社)では、どのくらいの期間でどんな成果を目指しますか?
A:まずは今後1-2年の間で、それぞれ1つのターゲットに絞って最初の化合物獲得などの成果を目指していきます

Captor社との提携ではまずは1つのターゲットに集中して、約2年間でCaptor社のTPD技術が有用かを検証します。GPCRに対してTPDが応用された例はほとんどないので、成功すれば新たな非常に面白いアプローチになりえ、ターゲットの数も拡大していく予定です。PharmEnable社との提携についても、まずは1つのターゲットから始めます。このターゲットは既に我々が複数の構造を解明しているものですが、中枢系に効果を示しうる(BBBを通過しうる)低分子化合物が取ることが非常に難しいタイプのものです。これは今年の年末を目途に、全く新しい化合物を得ることを目指しています。

 

Q:毎年2-3件のライセンスなどを目指すとのことですが、そのための準備は十分でしょうか?
A:多くのパートナー候補先企業と前もってコンタクトし、ライセンスを円滑に進めていきます

我々の戦略として、価値の高い提携につながる前臨床試験(動物試験)から初期臨床試験の段階にある開発品が主にライセンスの対象になります。その際には、ライセンスを行う概ね1-2年前からパートナー候補先とコンタクトを取りはじめるケースが多く、例えば昨年末にGSK社に導出したGPR35作動薬は、約1年間、その件についてGSKのチームとコンタクトしていました。GPR35については今年か来年の臨床試験開始を目指して、開発を進めています。バイオヘイブン社に導出したCGRP拮抗薬についても1年かそれ以上前から、コンタクトをしていました。

 

Q:買収候補先となりえる企業のカテゴリーなどMA戦略について教えていただけますか?
A:企業のカテゴリーは様々な可能性がありますが、重視しているのは我々が継続的にイノベーションを起こしつつ成長していくことです

創薬企業だけではなく、サービス提供企業や既に製品を持つ企業など、様々な可能性があります。重要なのは、一定程度の売上高が既にあって、我々が共同で継続的にイノベーションを起こしつつ成長していくことができる企業ということです。また、買収候補先を考える上では、東京証券取引所が予定している市場構造改革なども考慮しています。

 

Q:ムスカリンプログラム(M1作動薬、M4作動薬、M1/M4作動薬)が返還された理由をどう考えていますか?
A:当初のライセンス先のアラガン社がアッヴィ社に買収され、製品開発の戦略が変わったことが最も大きい理由と考えています

アラガン社がアッヴィ社に買収されてパイプラインが整理された結果、返還されたと考えています。これは、製薬企業の大型買収後にはよく起こります。より具体的には、アッヴィ社はアルツハイマー病治療薬の中でも疾患修飾薬(進行を遅らせる薬:Disease-modifying drug)という種類の薬に注力していますが、我々のムスカリンプログラムは症候改善薬(いわゆる対症療法:Symptomatic drug)という種類の薬ですので、アッヴィ社の開発戦略に合わなかったのでしょう。当初のアラガン社との契約で、仮に開発を先に進めなければ我々に権利を返還する決まりでしたので、それに従って返還になりました。元々、我々が生み出した開発品なので、その特性はとてもよく理解していますし、これが自分たちの手に戻ったことを一同喜んでいます。

 

Q:ムスカリンプログラムについて、今後の再ライセンスなどのスケジュールをどう考えていますか?
A:質の高いプログラムであり、概ね12-18カ月以内には何らかの動きがあると思っています

ムスカリンプログラムは質が高いため、新たなパートナーが見つかること自体は確信していますし、そのようなパートナーを見つけるのに数年かかるということも考えていません。概ね12-18カ月以内には何らかの動きがあると思っています。パートナーとしては、ムスカリンプログラムが対象としている統合失調症や認知症などの開発に、十分な経験がある企業が望ましいと考えています。

 

QM4作動薬(HTL16878)について、適応拡大や長時間作用型の剤形になりうる可能性はありますか?
A:可能性はありますが、M4作動薬は新しいメカニズムの薬なので、今後さらにデータを集めていく必要があります

M4作動薬は非常に新しいメカニズムの薬なので、現時点ではさらに追加の臨床試験などが必要になるというのが正確な答えになります。一方で、M4作動薬は先行するKarXTKaruna社)の臨床試験の結果から、高い有効性と既存薬と比較した副作用低減の可能性が示唆されており、例えば副作用で患者様が飲むのを中止してしまう既存の薬と比べれば、そもそも長時間作用型の製剤を開発するニーズが小さい可能性があるとも考えています。

 

QM4作動薬(HTL16878)について、競合となりうるKarXTKaruna社)やCVL -231cerevel社)に比べてどこが優れていますか?
A:効果と副作用の両面から、HTL16878の方が優れている可能性があります

我々のHTL16878と他社の薬を直接比較したわけではありませんが、Phase1試験のデータ(参考)からはHTL16878の方がKarXTKaruna社)やCVL -231cerevel社)よりも安全性が高い可能性が示唆されています。特に、KarXTM1/M4作動薬のキサノメリンの副作用を、トロスピウム(脳内移行性の低いムスカリン受容体拮抗薬)との合剤にして押さえるメカニズムなので、純粋にM4受容体への選択性を高めたHTL16878と比べると、どうしても副作用のコントロールが難しくなりがちです。一方、CVL -231はポジティブアロステリックモジュレーター(PAM)と呼ばれるメカニズムで、M4受容体を直接刺激する我々のやり方とは異なり、M4受容体のアセチルコリンに対する感受性を上げて、間接的に刺激に反応しやすくするものです。この場合、患者様の脳内のアセチルコリンの量が減れば減るほど、そもそも刺激するものが無いので、PAMの効果は減弱すると考えられます。

 

Q:経口GLP-1作動薬の競合状況と、PF-07081532(ファイザー社へ導出)のポテンシャルをどう考えていますか?
A:今後の開発次第ですが、経口GLP-1作動薬の中でもPF-07081532が最も優れた製品になることを期待しています

経口GLP-1作動薬は既にノボノルディスク社のリベルサスが発売されており、大きな市場を獲得すると考えられています(Evaluate社予想で2026年に約5,500億円)。ただ、リベルサスは低分子ではなくペプチドなので、製造コストやバイオアベイラビリティ(飲んだ薬のうち吸収されて効果を発揮する割合)の面で低分子の方が有利です。低分子の経口GLP-1作動薬はまだ発売されていませんが、臨床開発中なのはPF-06882961Phase2、ファイザー社オリジナル)とPF-07081532Phase1、我々とファイザー社の戦略的提携から誕生)になります。このうち、今の所、11回の投与で試験が組まれているのは我々のPF-07081532で、PF-0688296112回投与の試験となっています。


Q:アデノシンA2A受容体拮抗薬の競合状況と、AZD4635(アストラゼネカ社へ導出)のポテンシャルをどう考えていますか?
A:がん免疫療法におけるアデノシン受容体の役割がより明確になりつつあり、我々は今後のPhase2試験結果を待っています

免疫チェックポイント阻害剤とアデノシン受容体拮抗薬を併用するアプローチは、世界中で数社が実施しており、アストラゼネカ社に導出したAZD4635はその中でも最も進んだ開発品の1つです。競合の試験進展などからも、アデノシン受容体の役割が明確になりつつあります。AZD4635については現在2つのPhase2試験がアストラゼネカ社によって進行中ですので、我々としては、今はこの結果を待つ段階だと考えています。

2021年1月12日火曜日

PharmEnable社とAI創薬で戦略的提携しました

みなさんこんにちは。
IR&コーポレートストラテジー部長の野村です。

 

本日リリースの通り、英国PharmEnable社とAI創薬分野での戦略的提携を結びました(参考)。我々にとっては2016年のKymab社(抗体/参考)、2017年のペプチドリーム社(ペプチド/参考)、2020年のCaptor社(TPD/参考)に次ぐ、4社目の戦略的提携になります。以前の繰り返しで恐縮ですが、このような戦略的提携は、大手への導出(アストラゼネカ社、グラクソ・スミスクライン社など)や創薬提携(ファイザー社、武田薬品、ジェネンテック社、アッヴィ社など)と異なり、主にベンチャー企業同士の先端技術の融合から新たな創薬を生み出し、成功すれば将来の権利を分配(割合は契約によって異なります)する提携です。我々は、技術的にはStaR技術によるターゲットの構造解析(バイオテクノロジー)とSBDDIT創薬)に強みがありますが、それ以外に我々の強みを強化できる可能性のある技術は、外部との連携を通じて取り入れていきます。また、本提携は昨年の6月に発表させていただいた資金調達(参考)の主な使途ではありませんが、その中でお約束した戦略的成長投資の一環になります。

 

一般的に、AI技術を創薬に応用する取り組みは多岐に亘っていますが、主なものはタンパク質の構造予測と化合物の設計の2つの分野への応用になります(他には構造活性相関、薬物動態・代謝、ドラッグリポジショニング等もあります)。我々はこれまでもStaR技術によるタンパク質の構造解析や、SBDDStructure Based Drug Design:いわゆるIT創薬)による化合物設計の両面で、AI技術やマシーンラーニングを活用してきました(参考)。今回のPharmEnable社との戦略的提携は、特に後者で化合物の設計が難しいケース(ペプチドをアゴニストとする中枢のGPCRに対し、中枢移行性の高い低分子の阻害薬の設計)で、PharmEnable社のChemUniverse*ChemSeek*という独自技術を、化合物設計に役立てることを目指しています。詳細な技術はPharmEnable社のHPをご参考いただければと思います。(参考

 

AI創薬はここ数年で期待が高まっている分野です。期待を高める要因になった代表例の一つは、米ニンバス社がAI創薬で生み出した非アルコール性脂肪性肝炎(NASH)や肝細胞癌(HCC)に対する治療薬候補NDI-010976などを、Phase1試験終了時点で2016年に米ギリアド社に契約一時金400百万ドル、開発マイルストン800百万ドルで導出したことです(参考)。ニンバス社にAI創薬のプラットフォームを提供し、ニンバス社の共同創設者でもある米シュレーディンガー社は、直近で時価総額が6,000億円超に成長しています。一方、AI創薬は学習データの量と質に限界があるため、結局は現実世界でいかに正確な実験データを収集できるかが重要で、上記のニンバス社のHP上でも、X線構造解析やcryo-EMを用いた構造データの作成が創薬の出発点の1つに位置付けられています(参考)。我々もStaR技術を用いた構造データなどの取得とAIの活用を両輪として、GPCRに対する創薬を加速させていきたいと思っています。

 

尚、本提携はこれから創薬の第一歩を踏み出しますので直近の収益には影響しませんが、是非、中長期目線で進展を見守っていただければ幸いです。

 

今後とも、どうぞよろしくお願いします!

 

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*ChemUniverse3D構造を持つ特殊かつ合成可能な化合物の仮想データベース、ChemSeek:構造とリガンドデータからの創薬候補の予測手法

2021年1月5日火曜日

ムスカリン作動薬シリーズが返還されました

みなさん明けましておめでとうございます。
IR&コーポレートストラテジー部長の野村です。

 

本日リリースの通り、2016年にアラガン社(現アッヴィ社)に導出していたムスカリン作動薬シリーズ(以下、Mシリーズ*)の権利が返還されました。本来は昨年内に何らかの方向を発表したかったのですが、年をまたいでしまって恐縮です。アラガン社はアッヴィ社に買収された後の戦略変更により、他社にもいくつもの開発品を返還しており(例:EditasAssemblyなど)、今回のMシリーズの返還もこの一環とみられます。一般的には、大手製薬に導出した後に開発が塩漬けになるケースもある中、Mシリーズが返還され、再び我々の手で開発・導出できることを一同喜んでいます。返還と聞いて驚かれた方もいらっしゃるかもしれませんが、このような大手の戦略変更は比較的よくあることで、我々もこれまで返還された複数の開発品をその後、他社に再導出してきました(参考/CGRP拮抗薬やA2a拮抗薬)。Mシリーズも今後、適切なパートナーに再導出する予定です。

 

Mシリーズに関連する過去のニュースを以下に整理します。尚、我々はこれまでに、アラガン社から契約一時金や研究開発支援金として合計約195百万ドルを受領していますが、これらを返却する必要はありません。

 

--------------------------------------------------------------------------------------------Mシリーズの開発経緯)--------------------------------------------------------------------------------------------

20164月(参考)  アラガン社に一時金125百万ドル、総額マイルストン3,165百万ドル、研究開発支援金50百万ドル(その後、55百万ドルに増額)で導出
20179月(参考)  HTL16878M4作動薬)がPhase1試験を開始し、15百万ドルのマイルストンをアラガン社から受領
20189月(参考)  HTL18318M1作動薬)にサルの試験での毒性(希少な腫瘍)が見られたため、進行中のPhase1試験を中断
20196月(参考)  アッヴィ社がアラガン社の買収を発表
20205月(参考)  アッヴィ社によるアラガン社の買収が完了
20211月(参考)  アッヴィ社の戦略変更の結果、全ての権利が我々に返還

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*Mシリーズ・・・ムスカリンM1受容体作動薬(HTL18318HTL9936)、ムスカリンM4受容体作動薬(HTL16878)、ムスカリンM1/M4受容体作動薬(開発コード未公表)やそのバックアップ化合物の総称。アルツハイマー病や統合失調症の治療を目的として、これまで開発を進めている。現在のMシリーズの開発品は本日発表のプレゼンテーション資料P6を参照。

 

4年前にアラガン社に導出して以降のMシリーズの開発進捗は、本日発表のプレゼンテーション資料を参照いただきたいのですが、この4年間に行ったPhase1試験の結果はいずれも概ね我々の予想に沿ったものでした。また、アラガン社からの多くの支援のおかげで、複数の次世代のバックアップ化合物も新たに前臨床試験・前臨床試験準備に進めることができました(上記プレゼンテーション資料のP6参照)。現時点で、ターゲットごとの開発スケジュールは以下の通りになります。勿論、これらの開発と並行して、パートナー候補企業との話し合いを進めていく予定です。

 

M1作動薬 - HTL18318の臨床試験(参考)からは安全性に問題は無く有効性が示唆されましたが、今回の返還に伴い、189月に起きたサルでの毒性(参考)のさらなる原因究明を自社で進める予定です。また、これと並行して前臨床準備段階にあるバックアップ化合物の開発も進め、規制当局の意見も仰ぎながら、最終的にHTL18318とバックアップ化合物のどちらを優先してさらに開発を進めるかを2021年内に決定する予定です。

 

M4作動薬 - HTL16878の臨床試験からは、安全性と有効性が示唆されました。さらに、M4作動薬が統合失調症の治療薬として有望な可能性がKarXTKaruna社)や CVL -231cerevel社)の開発動向から近年より鮮明になってきています()。統合失調症は我々がアラガン社への導出以前に、M4作動薬の適応症として考えていた疾患でもあり、今後、M4作動薬は統合失調症を優先してPhase2試験を目指します。開発計画の詳細は2021年後半に開示予定です。

 

以下、Mシリーズについて解説させていただきます。かなり詳細かつ大部になりますが、もしもご興味あればご覧いただければと思います。
今後とも、どうぞよろしくお願いします!



--------------------------------------------------------------------------------------------Mシリーズの詳細)--------------------------------------------------------------------------------------------

    そもそもムスカリン受容体って何?

私たちの体では、視覚・聴覚・触覚といった感覚、空腹・満腹・尿意といった生理的欲求、血圧・成長(細胞分裂)など無意識での体の調整、我々の思考そのもの、といった多くのことを神経細胞がコントロールしています。この機能を維持するには、ある細胞が持つ情報(シグナル)を、別の細胞に正しく伝えることが必要ですが、この時に細胞間の情報伝達に使われるのが神経伝達物質です。具体的には、ある細胞が神経伝達物質を放出し、別の細胞の受容体(センサー)がその神経伝達物質を検出することで、情報が受け渡されます。神経伝達物質はアドレナリン、ドパミン、成長ホルモンなど、約200種類が知られていますが、中でも有名なものの1つがアセチルコリンで、この発見者(ヘンリー・ハレット・デールとオットー・レーヴィ)は1936年のノーベル生理学・医学賞を受賞しています。このアセチルコリンに対応する受容体がムスカリン受容体(M1~M55つのサブタイプ)とニコチン受容体(NMNN2つのサブタイプ)になり、合計7タイプがこれまで知られています。

 

    なんでアルツハイマー型認知症にムスカリン受容体M1作動薬が効くかもしれないのか?

アルツハイマー型認知症の患者様は世界中で約5,000万人いると言われていますが、実はFDA(米国食品医薬品局)に承認された薬はこれまでにドネペジル(1996年)、リバスチグミン(2000年)、ガランタミン(2001年)、メマンチン(2003年)の4つしかなく、これらは症候改善薬(いわゆる対症療法:Symptomatic drug)と呼ばれる約20年前に発売された古い薬です。

当然、製薬企業はそれ以降も多くの新薬候補の開発を試みており、特により治癒に近い疾患修飾薬(進行を遅らせる薬:Disease-modifying drug)の開発に重点を置いてきました。ただ、そもそもアルツハイマー型認知症の発症メカニズム自体が未だ明確でない中、残念ながら過去10年間でみても有望視された約200の開発品が失敗しており(参考)、患者様のニーズがこれだけ大きいにも関わらず、20年前からFDAが承認した新薬は出てきていません。

一方、症候改善薬の開発も続けられてはいました。これは既存の症状改善薬ではまだ効果が不十分で、また仮に疾患修飾薬が開発されても、症候改善薬も並行して使えると考えられているためです。症候改善薬では、既に承認された上記の4製品中3製品が「アセチルコリンエステラーゼ阻害薬(以下、AchE阻害薬)」という種類です。AchE阻害薬は、アルツハイマー型認知症の患者様で減っているアセチルコリン(神経伝達物質:①を参照)を壊す酵素であるAchEを阻害し、脳内のアセチルコリン量を減らさない治療です。

ここからさらに一歩踏み込み、脳内のアセチルコチリン量を減らさないのではなく増やしてしまおうというのが、次世代の症候改善薬開発の方向の一つです。ただ、アセチルコリンは全身で様々な機能を担っていますので、副作用が大きすぎてそのまま投与することはできません。そのため、7種類のアセチルコリン受容体の中でも、脳内でアセチルコリンに対応する受容体であるM1受容体のみに作用する人工的なアセチルコリン(M1作動薬)を作ることが、次世代型の症候改善薬につながると我々は考えていますし、また、これは業界内でも比較的一般的な考え方になります(参考)。

ただ、M1作動薬も数十の開発品が既に開発に挑戦し、失敗してきました。最も有名な開発品はイーライリリー社が開発していたキサノメリン(M1/M4作動薬)という開発品で、343名を対象としたプラセボ対照二重盲検Phase2試験で統計優位をもって有効性を示しましたが()、消化器系の副作用によって開発が中止されました。この副作用は、キサノメリンが消化管にあるM2M3といった他のムスカリン受容体に作用してしまった(選択性が低かった)ことが原因と考えられています。ムスカリン受容体はM1~M55つのサブタイプの構造が似ており、これを正確に見分ける薬を作るのは大変難しいのです。

当社のStaR技術/SBDDはこのように見分けにくいターゲットを精密に分析し、僅かな受容体の違いを見極める技術です。我々の選択的ムスカリンM1作動薬(HTL9936HTL18318)はキサノメリンよりもはるかに特定の受容体への選択性を高めており、特にアルツハイマー型認知症に関連が深いと考えられるM1受容体をターゲットとして開発を進めてきました。このようなメカニズムの明確さが、アラガン社が我々と提携に至った理由だと考えています。前述の通り、我々は今後もバックアップ化合物を含め、引き続きM1作動薬の開発を進めていく予定です。

 

    なんで統合失調症にムスカリン受容体M4作動薬が効くかもしれないのか?

一方、統合失調症も患者様が世界中で約2,000万人おり、医薬品の市場調査会社のEvaluate社によると市場規模は現在の約1兆円から2026年には約1.4兆円へと拡大すると予想されている、患者様のニーズの大きな疾患です。こちらはアルツハイマー型認知症と比べると比較的コンスタントに新薬が発売されていますが、多くは脳内のドパミンD2受容体とセロトニン5-HT受容体をターゲットとしたもので、新たな作用メカニズムの治療薬は数十年に亘って誕生していません。既存薬では十分に効果が得られない患者様もおり(これは医薬品では一般的な問題ですが)、また、副作用の問題などもあることから、新たな作用メカニズムの医薬品の誕生が望まれています。

そのような中で、ムスカリンM1あるいはM4容体作動薬は、脳内で統合失調症に関連が深いとされるドパミンの合成、放出、シグナル伝達に関わるとされており、比較的早くから統合失調症の治療薬候補となるのではないかと期待されていました。②で登場したキサノメリン(M1/M4作動薬)は実は統合失調症をターゲットにした開発も行っており、こちらは20名と患者数は少ないものの、やはりプラセボ対照二重盲検試験で有効性を示しましたが(参考)、前述した選択性の低さによる副作用の問題が顕在化し、それ以上は開発されませんでした。

統合失調症に対するムスカリン作動薬の可能性が直近で再注目されるようになったのは、201911月にKaruna Therapeutics社のKarXTが統合失調症に対するPhase2試験に成功したことが大きく影響しています参考)。このニュースを受け、Karuna社の株価は17ドルから85ドルへと約5倍に急伸し、直近では時価総額約2,800億円のバイオベンチャーへと成長しています。Karuna社はほぼ統合失調症に対するKarXTの開発に集中していますので(参考)、この開発品への高い期待が窺えます。

このような背景を踏まえ、我々はより臨床的な効果を示しやすいと思われる統合失調症に向けて、HTL16878の開発を優先して進める方針です。現在、統合失調症を対象としたムスカリン作動薬の開発では、前述のKarXT Phase3段階にある他には、Phase1段階に我々のHTL16878cerevel社のCVL -231があるのみですので、競争は激しくなく、HTL16878は十分なポテンシャルを持っていると考えています。

また、実は先行するKarXTは、何度も登場しているキサノメリン(M1/M4作動薬)とトロスピウム(脳内移行性の低いムスカリン受容体拮抗薬)の合剤で、キサノメリンが消化管でM2M3といった他のムスカリン受容体に作用することによる副作用を、トロスピウムで抑制するメカニズムになります。しかし、選択性を高めて副作用を減らすHTL16878のアプローチの方がよりシンプルで利点が多いと考えられ、我々のPhase1試験でも競合と比較して副作用が少なくなる可能性も示唆されました(プレゼンテーション資料P12P14)。HTL16878は次の臨床試験に向けた準備を現在進めており、2021年後半にはより詳細な開発計画をお示しさせていただく予定です。

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