みなさんこんにちは。
IR&コーポレートストラテジー部長の野村です。
本日リリースの通り、英国Metrion
Biosciences社(以下、Metrion社)とイオンチャネル創薬分野での戦略的提携を結びました(参考)。我々にとっては2016年のKymab社(抗体/参考)、2017年のペプチドリーム社(ペプチド/参考)、2020年のCaptor社(TPD/参考)、2021年のPharmEnable社(AI創薬/参考)に次ぐ、5社目の戦略的提携になります。以前の繰り返しで恐縮ですが、このような戦略的提携は、大手への導出(アストラゼネカ社、グラクソ・スミスクライン社など)や創薬提携(ファイザー社、武田薬品、ジェネンテック社、アッヴィ社など)とは異なり、主にベンチャー企業同士の先端技術の融合を創薬につなげ、成功すれば将来の権利を分配(割合は契約によって異なる)する提携です。我々は、技術的にはStaR技術によるターゲットの構造解析(バイオテクノロジー)とSBDD(IT創薬)が強いですが、それ以外にこれを強化できる技術は、外部との連携で取り入れていきます。とはいえ、戦略提携先も5社に増えて少し煩雑になりましたので、少し詳細ですがその位置づけを最後に整理させていただきました。もしご興味があれば、お読みいただければと思います。
今回Metrion社と取り組むイオンチャネルは、我々が得意としているGPCRと同じく細胞膜を貫通した「内在性膜タンパク質」というタイプのタンパク質です。GPCRには約400個の創薬ターゲットがあるとされますが、イオンチャネルにもほぼ同数の約350~400個の創薬ターゲットがあり、ある論文ではGPCRとイオンチャネルの2つの分野で既に承認された低分子薬の約51%を占めるとされる、有望な創薬分野の一つと考えられています。一方で、イオンチャネルに対する医薬品開発は当然これまでにも盛んに行われてきてはいるものの、実際に承認された医薬品の数はGPCRの半分強、売上高に関しては1/10以下の水準に留まっています。詳細は以下をご覧いただければと思いますが、つまりイオンチャネルはそのポテンシャルに対して、これまでは医薬品開発が進みにくかった分野といえます。
想定される創薬 薬剤の開発数 承認数 売上高
ターゲットの数 (開発全体に占める%) (承認全体に占める%)
GPCR 406個 12% 33% 18兆円
イオンチャネル 355個 19% 18% 1.2兆円
参考:”Unexplored therapeutic opportunities in the human genome”、”A comprehensive map of molecular drug targets”、”Ion channels as therapeutic antibody targets”、”Pharmacogenomics of GPCR Drug Targets”
イオンチャネルに対する創薬がこれまで困難だった理由は、個別のイオンチャネルの薬理作用が明確でないこと、イオンチャネルに対する医薬品候補の評価系構築が難しいこと、GPCRと比較しても構造がさらに複雑であること、などの複合的な要因によります。実際、既に承認されたイオンチャネルに対する薬(Ca拮抗薬、スルホニル尿素薬、抗不整脈薬、抗てんかん薬、局所麻酔薬など)のほとんどは、モデル動物に効果があったものを薬にし、それが後からイオンチャネルに効いていたことが分かったもので(参考)、最初からイオンチャネルを正確に狙った薬ではありませんでした。
今回、我々はMetrion社と提携して、過去のイオンチャネルに対する創薬で比較的多かった「結果的に薬になった」ではなく、我々の膜タンパクに対するSBDD(IT創薬)のノウハウを活用し、特定のイオンチャネルの構造を明らかにしたうえで、それをターゲットとした正確な創薬手法の確立を目指しています。具体的には、まずは神経疾患に関係することが良く知られている1つのイオンチャネルをターゲットに、我々のSBDDなどの技術が応用可能かを検討し、新規性と特異性の高いリード化合物を創出することを目指します。尚、本提携はこれから創薬の第一歩を踏み出しますので直近の収益には影響しませんが、是非、中長期目線で進展を見守っていただければ幸いです。
今後とも、どうぞよろしくお願いします!
--------------------------------------------------------------------------------------------(各戦略的提携先の詳細)--------------------------------------------------------------------------------------------
今回のニュースで戦略的提携先も増えてきましたので、一度、その全体像を説明させてください。一般的に、創薬に必要な要素は「①創薬ターゲット(病気の原因)」と「②ライブラリー(薬の候補)」に大きく分けて考えられます。また、それを補助する役割としてスクリーニング(①と②をマッチングして最適な②を選ぶこと)などの周辺技術がいくつかあります。これは、例えば低分子医薬品におけるHTS(ハイスループットスクリーニング:High-throughput screening)などを想像すると分かりやすいのですが、抗体医薬品でも①を動物の体内に入れ、自然の免疫システムが②を行っている、と理解することもできます。つまり多くの場合、創薬とは①と②を何らかの形でマッチングして、最適な②を選ぶプロセスと、言い換えることができます。
この中で我々が元々の強みがあるのは、特に①におけるGPCR (Gタンパク質共役受容体:G protein-coupled receptor)の安定化技術(StaR技術)と、②におけるSBDD(Structure-Based Drug Design:つまりIT創薬)になります。一方で、世の中には、今回のMetrion社との提携におけるイオンチャネルのように、①でもGPCR以外も多くの創薬ターゲットがありますし、②でも我々がIT創薬で生み出す通常の低分子医薬以外に、抗体やペプチドなど多くのモダリティ(治療手段)が存在します。これらを踏まえて、我々のこれまでの戦略的提携を大まかに整理すると以下のようになります。
① 創薬ターゲット(病気の原因)の拡大
- Metrion社 (GPCRと同じ膜タンパクで大きなポテンシャルの残るインチャネルへの拡大)
② ライブラリー(薬の候補)の拡大
- Kymab社 (GPCRに対する抗体医薬品開発への拡大)
- ペプチドリーム社 (GPCRに対する特殊環状ペプチド医薬品開発への拡大)
- Captor社 (GPCRに対する標的蛋白質分解誘導薬(TPD)開発への拡大)
- PharmEnable社 (従来のSBDDではアプローチ困難なGPCRに対するAI創薬への拡大)
我々は自社の創薬領域を①×②と考えており、特に今回GPCRと近いイオンチャネルでの提携を通じて、初めて①の領域に一歩を踏み出せたことを喜んでいます。戦略的提携による他社との提携を通じ、多くのコストをかけずにこの①×②を広げることで、今後も既存技術の価値をさらに高めていく所存です。